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錯覚ではなく
下の絵は「ルビンの杯」といわれる絵です。
見ようによっては「杯」のシルエットを描いた絵にも見えるし
見ようによっては「見つめあう人」を描いた絵にも見えるという、有名なあれです。

d0173242_2332981.jpg

僕は、これを単純に「視覚の錯覚」を象徴する例示だと思っていたのですが
どうもそれは違うようです。

端的な言い方をすると「ものは考え方」とか「ものは言いよう」を
図像化したもので
見る人によって、この絵は「杯」を描いたものでもあり、
「見つめあう人」を描いた絵でもあり、
少なくとも、間違えてそう見える=錯覚ではないのです。

同じ人が見ていても「杯」に見えたり、「見つめあう人」に見えたりもする…
でも、錯覚ではない。
そして、事実とはそういうもの なのだそうです。

僕が3年前、脳出血に倒れたのは大きなロスだともいえるし
何か、生まれ変わったような変化の切っ掛けをもらったと思えば
大きなゲインです。

事実はひとつではない…
重度の障害を負ったともいえるし、命拾いをしたともいえる。

両方ともが事実。

しかも、人間はなぜか、いいことほど忘れてしまって
マイナス感情ばっかりを憶えている性質があるそうですから
放っておけば、ロスの方ばっかりを見つめてしまうことになる。

だから、楽天的な方がいいんだそうです。
解釈の仕方というより、事実には、少なくとも善し悪しの二面がある…

一見、不運に見えることも
自分がそう思い込んでいるだけで、
それは幸運のはじまりでもある…

嘘みたいな話しですが、それが事実だそうです。
by at-masaqui | 2013-06-18 03:17 | 心と感覚
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