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カテゴリ:barrier-free( 51 )
痛みや不快感
ここには、あんまり「痛い」の話しは書きませんでしたが
退院してから1年くらいは、そういうことにもずいぶん悩まされました。

でも、それ以上に「効いた」というか
ストレスになったのは「不快感」の方で、まさにボディ・ブローのように効いてくる感じで
小さく、細かく、ずっとイライラさせられていて
これには、ホント弱りました。

最初は、右目の奥にあった、何だか判らない不快感…
イメージでいえば眼球を取り出して、その裏側を指でこすられているような
鈍いけれど、気持ちが悪くてしょうがない違和感です。

右掌や指も、金属に触れるたびに悪寒が走りました。
なぜだかは判りませんが、とにかくゾゾっとするのです。

(だって、感覚はないんです。金属だけに反応し、それがゾゾだったわけです)

当然、右指の爪を切るのも苦痛でした。
切るのを止めてガラス製のヤスリにしてみると
爪以外のところには感覚がないから 肉まで削ってしまうという感じで
ずいぶん難儀をしました。

それでも養生していられればいいんですが
仕事はしなきゃいけない…

ここで負荷が倍増してくるわけです。

僕は自宅で自営なんでまだいい方なんですが
オフィスにいて同僚に気を遣いながら だったら
もっともっと大変だったろうなと思います。

脚が動かない、手が動かないという機能的な麻痺と
痛みや不快感がセットになっていることが多く
さらに、その部分こそ、外から見てたんじゃわからないし
本人にしても言葉で説明するのは容易ではない…

たぶん、痛みも不快感も、
ホントに患部があって、そこが痛んだり、不快になっているわけではないので
どこがどうなるかは、それぞれの人によって
千差万別なんだと思います。

そういうわけですがから、痛みや不快感について
あらかじめ察知して介助してあげるというのは難しいかもしれませんが
周囲の方には
どうも手脚が動かないだけじゃないらしいということは
判っておいてあげてほしいなと思います。

それだけでも、ずいぶん助かります。
by at-masaqui | 2013-06-05 15:14 | barrier-free
同 志
昨日、午後6時少し前だったと思います。
横浜駅西口近くのビジネス街を通りかかると、駅に向かうビジネスマンの中に
片麻痺の方、5人をお見かけしました。
たぶん、10分ほどの間にです。

普段から街角で同病の方に出会うのは、決して珍しいことではないんですが
通勤の時間に重なると
こんなにも多くの方と出会うのかと
改めて愕然としました。

たぶん、30歳代も前半とお見受けできる方もいらっしゃいましたし
当然ですが、みなさん働き盛りの方ばかり
お子さんがいらっしゃる方もあるのだろうし
僕などよりは、うんと負荷が高いでしょう。

この病気、ストレスが大敵ということは
このブログにもたびたび書かせていただいてきましたが
混雑する電車で通勤するのもストレスなら
学校のような空間であるところの職場にいるのも負担でしょう。

どうにかならないのかなーと思います。

でも、こんな時代ですからゆっくり静養するなんてことは許されないんでしょう。

(かくいう僕も、3ヶ月と言われたところを1ヶ月と少しで強制退院してしまったわけですが)

とにかく、家族のみなさんや親しい同僚の方など
彼の周囲にいる人が、健常でない彼のことをどれだけ判ってあげられるかだと思います。
「会社というシステム」が彼に冷淡でも、
そこに救いがあれば、なんとかやっていけます。

もちろん、いきなり障害者が目の前に現れても戸惑うばかりなんでしょうが
そこを「勉強する」姿勢を持っているだけで
本人は同志ができた気分で心強く思うものです。

頑張って動かない脚を引きづりながら会社にかよう彼らを
どうか応援してあげてください。

よろしくお願いします。
by at-masaqui | 2013-06-05 02:01 | barrier-free
ご家族はじめ周囲の方が
感覚麻痺というのは読んで字のごとし
感覚が麻痺してしまっているから
(例えば)手脚が動かないだけで(「だけで」っていうのもちょっと過酷ですが)
機能としては、関節も筋肉も(動かせないから細くなったり、癒着しちゃったりしてますが)
まったく健常と変わらず「動かせる」ということでもあります。

(だからリハビリをやってみるわけです)

それにしても感覚麻痺ってやっかいだなーと思うのは
感覚が麻痺しているわけですから
その部位がどうなっているのかも判らないことです。
右麻痺の僕は 退院してしばらく右側に原因不明の大アザをつくり
しばらくしてからそれに気づくということを繰り返していました。

そして、最近、喉の右側に違和感があって耳鼻科を受診し
喉表面には異常はないが
風邪でもないのにタンがからんでいるということで(これが違和感の原因)
お医者さんの機転で、あっちこっち刺激してみてもらったんですが
本来、オエッとなっちゃうようなところも(右に限っては)そうならない
おそらく、そのこととタンがからんでいることは
何か因果関係がありそうだということでした。

(通常の喉は、知らないうちに複雑な動きをしてタンをきってるんだそうです)

でも、ここのところにきて喉に違和感を憶えるようになったんなら
恐らく、感覚が戻りつつあることの証拠なんだろう。
悪くなっているわけじゃなさそうだから
ちょっと経過観察してみましょう。

ということになりました。

つまり、違和感があってお医者さんに行ってみたら
違和感がなかった最近までの方が状況としてはよくなかったということです。

ことほど左様に「感覚麻痺、恐るべし」ですから
特に退院後間もない方は、ご本人も、ご家族はじめ周囲の方も要注意です。

なにしろ、3年以上、経過してもこうです。
痛ければサインも出せますが、そのサインが出せないし
痛んでいる状況すら、自分で認識することができないかもしれないわけです。

特にご高齢のご同病の方については
ご家族はじめ周囲の方が気をつけてあげてください。

よろしくお願いします。
by at-masaqui | 2013-05-29 10:49 | barrier-free
現実的な施策
d0173242_1481321.jpg現在のヨコハマ都心は埋め立てでできた「もとは海(小さな湾)」です。

古くは元禄期、そして黒船来航以来の開港地として埋め立てられるなど、江戸時代の埋め立てが多いのですが、その時代の埋め立ては、湾周辺の丘を切り崩して、そこから出た土砂を海に掻き出し、浅瀬を埋め立てていくという方法でしたから、都心部の周囲は、必ず切り立った崖になっています。

一時は、わが国の貿易額の80%以上を集めた横浜港です。急激な人口増加とともに、その丘をさらに切り崩して、猫の額ほどの平地をつくっては急ごしらえな宅地をつくっていくという歴史を繰り返してきました。
急ごしらえだけに、乱暴というか、行政の手も入らなかったし、ちゃんと「道」から経過していく計画性もなく、写真のように階段も適当。どこも水平なんか出ていないし、段差も一定ではない…健常であっても昇り降りに苦労しそうな階段。でも、自分の家に行くには、この階段を上るしかない。買い物に行くには、この階段を下るしかない。ヨコハマ都心周辺には、こういうところがたくさんあります。

d0173242_229326.jpg適当な順番で、適当に小規模な開発が繰り返されてきただけですから、道の結節点は右の写真のようですし、開発者は利用者の利便性なんて考えてませんから、梯子みたいに急な階段もあります(登るときはまだいいとして、降りるときはどうするんだろう…みたいな)。
なんかあって救急車、呼ぶときはどうするんだろうとも思いますが、僕らみたいな片麻痺の人間でなくとも、高齢ともなれば日頃の買い物からして、かなりしんどいでしょう。
行政がなんとかでくればいいんですが、たぶん、財政的にもう厳しいんじゃないでしょうか。運が良ければ手を入れてもらえるかもしれませんが、大横浜市でも全部を手当てするのは無理でしょう。
恐らく、こういうシチュエーションの地域は空き家になっていかざるを得ないのかなと思います。高齢化社会ですから仕方がありません。アベノミクスの上げ潮が終わったあとは、都心の埋地にもたくさん空き家も出るでしょうしね。

ヨコハマだけでなく、明治以降に大化けした「埋め地な都市」には、こういう宅地が多いんですが、バリアフリー化とはいっても、先立つものがない状況です。どちらかといえば、平地への住み替えに助成出して、崖地は計画的に「緑地化」していくとか…

その方が現実的だと思いますね。
by at-masaqui | 2013-05-18 03:11 | barrier-free
知 識
きょう、左麻痺の女性にバスで席を譲りました。
左手は指が開かない状態。
杖を持っていらして、座席に腰掛けたら、倒れないように、その杖をどこに立てかけておけば
杖を倒さずに置いておけるか、相当に腐心されていました。

(バスの中で杖を床に転がしたら、もう拾えないかもしれないですからね。
 腐心されるお気持ちはよく判りました)

僕以外にも、車中、複数の方が彼女に気を遣っているのが判りましたが
彼女は自分のことでいっぱいいっぱいな感じでした。

きょうのバスの車中はみなさんゆとりがある方ばかりで、とてもおだやかでしたが
そうでないときもあります。

実生活に戻りたての頃は、ありとあらゆることが怖いし
ありとあらゆることに、健常のときとは異なる気を遣わなくてはなりません。
そのゆとりのなさを、もっと多くの(健常の)人に知ってもらえればなーと思います。

きょう、バスに乗り合わせた方は 
スーパーのレジ袋を持っていらっしゃいましたから
お一人で、日用品のお買い物をされてのお帰りだったんだと思いますが
それが、いかに大変なことであるのか…
ただの買い物に出ることが、精神的にはタフな仕事になるのが、
この病気の重要な後遺症のひとつなんです。

本人は、その辛さを、言葉で整理して他者に伝えるなんて
そんな器用なことはなかなかできないですからね。

周囲が適切な知識を持っていると
助かるなーと思うのです。
by at-masaqui | 2013-04-30 23:59 | barrier-free
「声をかけてもらう」って
まだスポーツクラブに通っていた頃
ロッカールームで
片麻痺とおぼしき方に遭遇したんですね。

まさに「同病相憐れむ」というか
単純に、お互いがんばりましょうみたいなことを言いたくて
その方に声をかけたんです。

そうしたら、一言めを言い終わるか言い終わらないうちに
その方は怒り出したんです。
実は、何を言っていらっしゃるのか…言語的には不明瞭だったんですが
たぶん、放っといてくれ か
大きなお世話だみたいなとことを
言いたかったんだと思います。

特に「片麻痺になりたて」というか
明日がみえないうちは頑になってしまっています。

だから、ときには怒られちゃうこともあるかもしれませんが
それでも困ってそうなときには
声をかけてあげて欲しいんです。

もちろん、ちょっと「のろま」にみえても
自分でやるんだとガンバっていそうなときは
自然に放っておいてあげてください。

(確かに、自立しようとしているのに、水をさされるようなこともありましたからね)

でも、基本、孤独なのも事実です。

(だから頑になっちゃっているという部分もあります)

何だか世の中に置いていかれてしまったような気分がして
しかも、そこに戻っていけないんじゃないかという恐怖感もある。

そういうわけですから「声をかけてもらう」っていうことは
やっぱり、ありがたいことなんです。
by at-masaqui | 2013-03-25 03:16 | barrier-free
これがけっこう辛い
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よくある木造の建物…見過ごしてしまうような風景です。
何の支障もないフツウのたてもの。
階段幅がせまいから、引っ越しのときは大変かなーともうくらいです。

でも、この階段、右麻痺だったら怖くて降りれないと思うんです。
昇りのときは、左手で手摺を掴めますが、下りになれば手摺は右手側。
動かないし、感覚はないし…
もちろん、右脚も同じような状態です。
今は、ずいぶんよくなりましたが
僕の場合を振り返るなら、この階段、退院後、1年以上は降りれなかったかもしれません。

もし、僕がこういうアパートに住んでいて倒れて
退院後にも、ここに帰らなければならないとしたら…

でも、珍しいことじゃないんです。
ありふれた日常に、こういうシチュエーションが
たくさん隠れています。

脳血管疾患(脳出血や脳梗塞など)の総患者数はおよそ133万人。
そんなに多くの患者さんがいらしゃるのなら
実際に、こういうシチュエーションに途方に暮れている方も少なくないはず。

だから、考えてあげて欲しいんです。
建物の改造とか、そういう大それた話しじゃなくて
見かけたら、一声かけてあげるとか、ちょっと介助してあげるとか
そういうことでいいんです。

特に、退院したては孤軍奮闘の状態で
(なかなか辛さが共感してもらえないですからね)
これがけっこう辛いんです。
by at-masaqui | 2013-03-23 22:44 | barrier-free
元健常としては
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たぶん、これをデザインされた方は「配慮した」と思っていらっしゃるんでしょうね。
それがたぶん、このスロープだと思うんです。
でも、この角度じゃ介助の方も大変だと思うし、電動でも上がるかどうか…

やっぱり健常がつくる配慮ってリアリティないんですよね。
僕にも身に憶えがあることです。

元健常としては 何だか申し訳ないと思って…
by at-masaqui | 2013-03-21 23:58 | barrier-free
つまり…
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維持できないんなら、最初っからやらなきゃいんだと思うんです。
by at-masaqui | 2012-09-07 23:47 | barrier-free
あの頃
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たぶん、最初は
こうなる予定じゃなかったんだと思います。
アーバン・デザインな路がぴしーっと続いていく予定だったんだと思います。

でも、そうはならなかった…

結果、路はツギハギだらけ
美しくもなければ、カタマヒの身の上には
ひたすら歩きにくいわけです。

最初から、フツウの舗装でもよかったんじゃないでしょうか。
「こうなる予定じゃなかった」とはいえ
あらかた(こうなることは)予想できたと思うんです。

(本来、こういうものを発注し慣れている部署なら自明の理ですよね)

やっぱり背伸びをしすぎてた というか…

あの頃、いい大人を含めて
日本全体で 自分を見失っていたんでしょうね。
by at-masaqui | 2012-09-06 02:15 | barrier-free