カテゴリ:友人の死( 12 )
休み休み Do my best
奥様とお子様を津波に奪われた東日本大震災の被災者の方が
未だに、その死を受け入れられず
「なんで、パパだけこっちなんだろうね」と自問自答を繰り返している…

判るとは口が裂けても言えませんが

自分が脳出血で倒れる一年前に
尊敬する友人が、同じ脳出血で倒れて、あっけなく
その日のうちに亡くなってしまったことを
どうしても重ねて考えてしまいます。

あんなに立派な、お子さんもいらしゃった友人が亡くなり
なんで僕は死ななかったのか…

もちろん、何かやらなきゃいけないことが残っているから生き残ったんだろうとか
いろいろ理屈は立ててみるんだけれど
どこかに納得できない自分が残っているのも事実です。

これも一生の課題でしょう。
毎日が Do my best そうしながら
考え続けるしかありません。

リハビリは辛いけど、友人はリハビリもできなかった。
仕事は辛い部分もあるけれど、友人は道半ばで
有無を言わさず、あっちへ連れていかれちゃったわけです。

考えながら、Do my best。

でも、自分に強いたりはしません。休み休みやります。

今度ぶっ倒れたら、それこそ友人に申しわけないですからね。
by at-masaqui | 2013-03-13 02:33 | 友人の死
きょうも生きているということ
僕自身が脳出血に倒れる ちょうど1年前
同じ病気で 僕は、無二の親友をなくしていました。

倒れて、数時間後には亡くなっていました。

もう20年以上前のことです。
一緒にやっていこうと誓い合った友人を
その矢先 事故でなくしました。
僕は、その友人が亡くなったことから
なかなか立ち直れなくて
1年前に脳出血で亡くなった友人と知り合ったのは
ちょうど、そんなときでした。

友人たちは、ふたりとも 
いくつかのNPO(いまでいえばNPO)の事務局長を兼任していて
自分のせいではない、面倒ごとの火消しに活躍し
団体維持のための資金繰りに必死になり

まさに奔走中の死でした。

申し分の無い学歴と誰にでも愛される人柄
誰がどう見ても「人のため」を優先する正確…

両君とも、まさに尊敬できる人物でした。

僕が倒れたとき、僕が思ったのは
同じ生かしておくなら、彼らを生かしておいた方が
社会的に意義があるだろうに…
ということでした。

当時の僕は、積極的に「生きたい」とか「まだ死ねない」とか
思っていたわけではありませんから
そういう意味でも、なんで生きてるんだろう…しかも右麻痺だよ と

そんなふうにふうに思っていました。

“自分の勝手でこの世に生まれてきたのではないように
僕らの生死は「あっち」で決めることであって
こちらの任意性と「自分たちの死」は無関係のもののようだ。”

あれから考えて出した結論です。

だから、自分のために「生きるもの」でもない…

治る範囲で 最大限、治して
自分に課された「仕事」をみつけ
その任を果たして

そうしたら卒業していく…

ただそれだけのこと。

あのとき、駆けつけてきてくれた妹は
レントゲン写真を観て これはもうダメだと思っていたそうです。

(オヤジは脳梗塞も脳出血も、オフクロも脳梗塞のキャリアでしたから
 そういった病状には知識がありました)

でも、生きてるっていうことは
何か果たさなければならない「役目」があるんでしょう。

友人たちの死を思い
生き残ったものの責務を思います。

別に、重い義務感からだけでなく
そうしていく方が なにか気持ちが楽になるように思うのです。

3月11日に また、人の生と死とを思いました。

御霊には心より哀悼の意を捧げさせていただきます。
by at-masaqui | 2012-03-11 22:17 | 友人の死
卒 業
友人はね
ホントにいい人だったんです。

ほのぼのしててて、誰からも愛される。
でも、仕事もできるっていう…

それなのに、人が嫌がる仕事をこそ
率先してやる…
お金にならなくたって やる。

ホントに見上げた人物だったんです。

だから彼が亡くなっちゃったときに

ああ

きっと「卒業」ってことなんだろうなって

そう思ったんです。
by at-masaqui | 2011-08-24 05:36 | 友人の死
まぁ、そういうこと
自分の命
自分のものにしては ままならなさ過ぎですし
面白くないこともたくさんありますね。

そして、この世に生まれてくる
その時点が、自分の任意じゃない…
自分が好むと好まざるとに関わらず この世に生まれてきているわけです。

この命、「自分のもの」というのには
どうも疑わしい状況があるわけです。

そして「死ねない」
たぶん、自分で命を絶とうと思っても未遂で終わったりするのはそういうことで
たぶん、自死も病死も事故死も
全部、すでに描かれた「シナリオどおり」なんだと思うんです。

だから、たんたんと ああ生まれちゃったんだなー と思って生きて
自分に与えられた「シナリオ」探して
何年になるのか、何十年になるのか
判りませんが、その「シナリオ」を全うするのが正解なんだと思います。

生まれたとたんに「人権」なんて権利が与えられて
ちょっとチヤホヤされちゃってね。
自分の思い通りの人生がどっかにある なんて
思っちゃった身としてはちょっと辛いですが
たぶん、そうなんだろうなーと思います。

自分から死ぬこともできないし
自分から生きることもできない…

だから、毎日を せいいっぱい生きることなんでしょう。

…?

なにやら宗教チックになってきましたが
正味のところ、そうなんだと思います。

自分が思ってたのとはかなり違う人生だし
今や手足は上手く動かないし、顔は半分しびれてるし
右側だけ汗、だらだらかくし
ものは二重に見える
舌も誤作動するんですが(味についてですね)

まだ なんかやれることもあるんでしょう。

とにかく 友人のように卒業できず
落第しちゃったわけですから
とりあえず この世を卒業するまでは前に進むと。

まぁ、そういうことなんだと思います。
by at-masaqui | 2011-08-24 02:10 | 友人の死
誰かからの預かりもの
もちろん麻痺は始まっていたわけですが
脳出血だった僕の場合
幹部が痛かったとか、激痛に耐えたという記憶がないわけです。

だから、どうしても重篤な状況だったという自覚がない…

竹脇無我さんや ついこの間、40歳の若さで旅立たれたレイ・ハラカミさんや
1年前に、友人があっけなく脳出血で亡くなったことや
そうしたことで「恐ろしさ」を
疑似体験しているようなところがあります。

そして思うのは、僕が助かったことの不思議…

当時の僕は 積極的に「生きたい」と思っていたわけではないし
友人と比較しても
彼より、社会的な値打ちがあるとも思えない。
彼にはお嬢さんがいて
僕には、子どもがいない…

(確かに、頼りない奥さんを残していくには少々忍びないと思いますが)

でも、生き残ってしまったわけです。

だから、生還させられた意味を考えますね。
もちろん、今も考えています。

なんかやらなきゃいけないことがあるんだと思っています。

だって、僕の勝手にならんっていうことは
この命、僕のもんじゃない。
誰かからの預かりものです。

適切に運用しなきゃ、預けてくれた人に怒られちゃう。

だから

まずは、僕がやらなきゃならないことを見極めないと…
by at-masaqui | 2011-08-23 05:00 | 友人の死
あらかじめ
僕の場合
一度も記憶がなくなるとか
気を失っちゃうとかいうことがなかっただけに
死んじゃう人の方が
圧倒的に多い病床から生還したんだなーという
実感に乏しい部分があります。

でも、色々なお医者さんが
回復の早さにびっくりされているのに何度も遭遇し
OTさんやPTさんの話しを聞き
本を読み
断片的な記憶(例えば、コンピュータのスイッチがどこにあるのか判らなくて1日探したりとか)を
辿ってみて

今頃になって 事の重篤さにゾッとしたりしてるんですが

だからこそ
人の生き死に こっちの意思じゃぁ決められないのかもなと思っています。

だって、僕だって、あのとき、死んじゃったって何の不思議もなかった(ようです)。
何で助かったんだか、
何でこんなに回復が早いんだか、科学的には(実は)論証不能なようで
つまり、人の生死は 僕らの及ばぬところで
コントロールされているもの…そんな気がします。

考えてみれば、生まれてくるのだって、こちらの任意ではないわけで
故に、死ぬのだって、こちらの任意ではない…

こちらで死を選んだように思えるものも含めて
実は、こちらの選択の通りになったわけではない…

あらかじめ(何かに)定められていたもの。

最近の僕は、そういうふうに考えるようになりました。
by at-masaqui | 2011-07-12 02:35 | 友人の死
逃れようもないような気がしますね
きのう
この時期になると必ず会うけれど
でもなぜか1年に1っぺんくらいしかあわない
旧い仲間に会ってたんですね。

そうしたら
彼の周囲の人がね。びっくりするくらい …亡くなってた。

まず

昨年、同じテービルを囲んで
僕も談笑させてもらった彼の盟友ともいえる人が
亡くなっていました。
急性膵臓炎っていうのかな。ホントに急死だったらしい。
49歳、そう…僕と亡くなった彼とは同い歳なんだ。

それから彼がよく知る人で 53歳の方が
お店をオープンさせ そのお披露目をして、
その晩、ベッドに入ってそのまま亡くなってしまわれた…
そういうこともあったらしい。

その他にも50歳前後で数人…
だから、僕のこともびっくりしたらしいけれど
一連の「連続」のなかでとらえざるをえなかったらしい…

僕の方でも 昨年
(僕と同じ病気で)大切な友人を亡くしたばかり。

彼(彼も50歳に近いんですけれど)は
「僕らの世代は、前の世代ほど長生きでいないのかもしれませんね
でも、仕方ないっすねー」みたいな感じで言ってました。
彼の場合、湿っぽくはならないんで 楽なんですが、
確かに「死人だらけ」な感じで、
なんて言っていいか…ちょっと言葉を失ってしまいました。

しかも、話し聞いてると
みんな「一山越えたところで」っていうシチュエーション…
ホッとしたところで逝ってる…

(僕もそうでした。僕の場合、一歩手前で帰って来れましたが)

とにかくストレスなんだそうです。
僕自身もお医者さんにそういわれています。

でも、ストレスって、どうするんでしょう。
社会と繋がって、特にお金稼いでなきゃならないとなると
やっぱり、ストレスですよね。
逃れようもないような気がする…

まぁ、結局、自分の受け止め方を変えるしかないんでしょうが
それまた、難しいですよね。

…座禅でも組みますか。
by at-masaqui | 2010-10-08 00:52 | 友人の死
なんだろう
脳出血で倒れてから
もうすぐ6ヶ月になります。

致死率75〜78%
100人、この病気になって生還できるのは20人と少し…
あのとき死んでいた方が
レギュラーだったんだと思います。

半年足らずで、ここまで回復したので
「軽かったんでしょ?」とも言われますが
お医者さんに拠れば、症状は深刻でした。
言語への影響
嚥下障害などがほとんどなかったことについては
そのお医者さんをして
なぜなのか判らないくらいだと言われます。

何で活かされたのか…

自惚れではなく
なんか役割があるんだろうなと思います。

ただ、使命感に燃えちゃうようだと
再発しちゃう可能性が高いのが、この病気でもあります。

でも、この「あるがままなり」に何かがあるんでしょう。
それについては
考えていかなければなりません。

まぁ、それも深刻にならずにっていうことですが…
by at-masaqui | 2010-09-14 08:24 | 友人の死
卒 業
僕はね、
友人は「卒業」できたんだと思ってるんですね。

あんなにいい人
いなかったもん。

奥さんも、お嬢さんも
確か一人っ子のはずだったから
彼のお父様も、お母様も

それはそれは悲しかったと思うけれど

彼は彼らしく
迷惑をかけずに逝ったと思うんです。
生まれたとき、ベビー服を贈ったお嬢さんも
もう高校生で
今後の進路にも支障がないというし…

ああ、彼は「卒業」してったんだなと

そう思うんです。
by at-masaqui | 2010-06-11 17:43 | 友人の死
何で生かされたのか
何しろ
僕の患部はデカいらしいですね。
なんで、これで言語の方にそんなに支障がなかったのか
とか、
その他、もろもろ
どうして、こんなに軽く済んでるのか
判らないくらいらしいです。

友人は
同じ病気で、そのまま亡くなってしまったのに…

無二の親友って 彼くらい…
そういう
友人でしたからね。
by at-masaqui | 2010-06-11 00:04 | 友人の死