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再び「セルフ・サービス」の勧め
主観的には、僕は、自分のことを「障害者」だと思っています。
自分が健常だった頃の記憶があるわけですから
中途ではあるが「明らかに障害者」という認識があります。

でも、客観的にはどうでしょう…

うちの奥さんは判るかもしれませんが
たぶん、街を歩いていても
同じ病気のキャリアの方とか
あらかじめハンディキャッパーとしての境遇を長く過ごしてこられた方とか
そういう方しか僕の障害には気がつかないでしょう。

(僕の方でも、そういう状況をつくり出すためにリハビリをしているようなところがあるわけですからね)

でも、政府や自治体がいう「客観的な(障害者たる)基準」っていうのは
そういうこととまったく別物でしょうね。

だって、この基準っていうのは「あちら側の論理」でつくられたものです。
確かに専門家や障害者の意見を聞いたのかもしれませんが
その基準を企画したのも定めたのも、政府や自治体。
しかも、そこに多くの障害者が関わっていたり
障害者の生活実態に詳しい方がたくさん働いていたりということはないわけです。
もちろん障害者支援のための行政施策に明るい人という方はいらっしゃるんでしょうが
そういう方も、詳しいのは、あくまでも「施策」についてであって
障害者の生活、そのリアルに詳しいわけでありません。

「所詮、人ごとだからねー」といってくれれば、まだ納得のしようもあるんですが
謳い文句としては「障害者のために」とか「障害者の立場に立って」とかいっている…

だから判らなくなっちゃうんですが
今のところ
「なんにもやってないじゃないか」といわれない程度には仕事はするが
それ以上でもそれ以下でもないというのが
行政の障害者支援だと思います。

だからまぁ、「客観的な(障害者たる)基準」っていっても
あくまでも行政が思うところの「客観的な基準」なんですよね。

そして、この状況が変わるのは「世論」という多数が動いたときだけ。

うちの母方のじいちゃんはシベリア抑留者のサバイバーでしたが
その国家補償の話しが出たときには
すでに亡くなって数年が経過していました。

(急に動議されて、急に決まりましたからね。
 たいていの該当者が亡くなっちゃって、ケアする負担が軽くなるまで
 待ってたんじゃないかと思うくらいです)

そんなもんです。
だから、どんなに納得できなくても
互助的なコミュニティをつくるとか
セルフ・サービスの可能性を探った方がいい…

僕はそう思っています。
by at-masaqui | 2013-08-19 16:32 | looking at
僕は障害者なのか
きょう、バスに乗ってるときにふっと思ったんですが…

僕は障害者なんでしょうか…?

確かに、右手は上手く使えませんし、脚も上手く動かせません。でも両方ともが生活に支障が出るレベルではありません。同様に多汗や復視なども本人はたいへんに不快ですが、生活に支障を来すという者ではありません。むしろ、支障が出ないように積極的に「補完策」を工夫してきました。

そういうわけで、今は障害者手帳も持っていませんし、この4月から施行されている障害者総合支援法に関連しての申請も何も行っていません。

そうなると、少なくとも僕は法律上「健常者」なんだなと思います。

それとも法律上は健常者なんだけれど、実態としては障害があるんだから、やっぱり障害者なのか…

なんだか幽霊みたいですね。

国や自治体からの支援は何も要らないけれど、戸籍みたいに身体障害者だよって認めてくれる制度ってないんでしょうか。
滅多にないんですが、学校なんかで出席カードにサインを求められたりして、ときどき困ったりするんです。そういうとき、障害者だよってカードかなにかがあると便利だなって

そんなことを思わなくもありません。

たいていは、先生の方で理解してくださったり、どなたかが手伝ってくださるんですが
そういうものがあると便利だなとは思います。

いずれにしても、僕は障害者なんでしょうか。
病院ではそういわれてリハビリ教わったりしてんですが

考えてみれば、何だかあいまいだし、ちょっと変な気がします。
by at-masaqui | 2013-08-17 23:52 | looking at
サボるの入口
なぜか、自律神経の調子が悪く
右半身のみ、汗ダラダです。

こういうときに無理して散歩を続けるかどうかが思案のしどころですね。

あんまり無理しても
再発の導引になったりしますからね。

結局、こういうときのさじ加減が難しいのかもしれませんね。
きょうはしょうがないとして
サボるの入口になったりしますからね。
by at-masaqui | 2013-06-15 17:04 | looking at
なぜ 続いているのか
リハビリじゃなくても、たいていのことは「続かない」ですね。

ダイエット器具の通販などは
そのことを見越して「商い」を組んでいる…

そんな感じすらします。

世界チャンピオンだった畑山隆則さんが、いつだったか
「自分より凄いパンチを繰り出す選手はたくさんいた。
なのに自分が世界チャンピオンになれたのは、あの単調な練習を毎日続けられたからだ」
というようなことおっしゃっていましたが
まさに、それほどに「続ける」ということは難しいことなんだろうし
一発のパンチの威力は「続ける」の成果に敵わないということなんでしょう。

ボクシングなど格闘技系のスポーツでは
「ハングリー精神」を成功に理由にしたりしますが
畑山さんがおっしゃことを参考にすれば
ハングリー精神があったって、続かないときは続かないし
続かないケースが大半なんだということなんだと思います。

…それほどに「続ける」は難しい。

ケガからカムバックしてきた野球の選手などに
インタビュアーの方が
なぜ、こんなにも厳しいリハビリを続けることができたのか と問うと
少し考えてから「野球が好きだったから」みたいなことを
こたえる事例があります。
僕自身、社交辞令というか、ある種、公式見解みたいな感じで
そういうことをおっしゃっているのかなと思っていましたが
自分も3年間、リハビリな日々を過ぎしてみると
そうとしかこたえようがない部分もあるのかなと思うようになりました。

野球が好きだったから…

そうとしかこたえようがないくらい
苦しいのに何で続けていられるのか、自分でも判らない。

今でも思っていますが
何で続いているんでしょう。面白くもないのに。

確かに、何かができるようになればうれしいんですが
そんなの一瞬ですしね。
しかも、またできなくなっちゃう悔しさとも闘わなければならない…

でも、続いてる…

どうしてだか、わかればいいんですが
今のところは、その切っ掛けすらも掴めていないのが現状です。
by at-masaqui | 2013-06-14 16:28 | looking at
声を大にして
「続ける」っていうことは「続けられる人」にとっては容易いことなんだと思います。
逆に「続けられない人」にとっては「続ける」を実現するのは
不可能に近いことなんでしょう。

結果からみて、僕は「続けられる人」です。
少なくとも「続けられる人」の方です。

でも、その僕をして、どうして続けられているんだか…判りません。
何だか判らないが「続けられている」だけです。

「こうすれば続けられる」みたいなハウツー本が山ほどあるのは知っていますが
そこで紹介されているノウハウが功を奏するとも思えません。
部屋中にスローガンを貼っても禁煙が完結できるとは思えず
結局は「我慢」を続けることができる「意思」なんだろうし
その「意思力」って、やっぱり先天的なものなんじゃないかと思っています。

(そのくらい、どうして「続けられる」んだか判らないわけです)

ここを超えられればいいな
もっと普遍的なメソッドが開発されればいいなと思うんですが
僕には、その具体策をイメージすることができません。

何だか申し訳ないんですが、
だからこそ、続かないからって怠け者ではないということだけは
声を大にして主張しておきたいと思います。

たぶん、続かなくてフツウです。
by at-masaqui | 2013-06-12 23:50 | looking at
ゾッとした
2013年5月26日放送のNHKスペシャル
「病の起源 第2週 脳卒中 〜早すぎた進化の代償〜」ですが、
観ていて、こんなにドキドキするものだとは思いませんでした。

ドキドキとはもちろん恐怖感で、冷や汗に繫がるような心の動きでした。

普段は、明らかに血のながれるようなシーンに弱い
うちの奥さんがなんでもありませんでしたから
恐らくは僕に固有のものです。

脳出血になった記憶について
ことさらに恐怖感を持っているとは思っていないのですが
無意識のうちに
心の奥底では、そういう気持ちを持ち続けているのかもしれません。

狐につままれたようでもありましたが
実際に、ぞっとするような、何かに怯えるような自分がいました。

東日本大震災の映像を放映する際に
何度も「これから津波の映像が流れます」とテロップが入ったり
アナウンスが流れるのは、こういうことに拠るのかと
改めて合点がいきました。

いわゆるトラウマというヤツなんでしょうか?

ただ、何度かこういうシチュエーションには巡りあわせている記憶があるのですが
ゾッとしたのは3年以上を経過して初めてですし
現在、それを引きずっているということもありません。
たぶん、重篤な障害、疾病に繫がるということもないでしょう。

でも、そういう心の動きがあったということは
記録しておきたいと思い、
ここに記しておくことにします。
by at-masaqui | 2013-05-28 02:12 | looking at
ザ・ノンフィクション「あなたの未来がここにある」
フジテレビの「ザ・ノンフィクション」を観ていました。
きょうは「あなたの未来がここにある」と題して、外国人介護士のみなさんの問題がテーマでした。
「あなたの未来がここにある」という題名にも象徴されているように
超高齢化社会の、その高齢者になるだろう僕らに
「自分の問題として考えてみたら」という問題提起でもありました。

番組のwebサイトに、以下のような文章が載っています。

経済連帯協定(EPA)により2008年~インドネシア、2009年にはフィリピンから外国人看護師・介護士候補生達が来日。しかし、ここには大きなハードルがありました。
介護士候補生の場合、4年の滞在期間中、国家試験に合格しなければ「帰国」を余儀なくされてしまうのです。しかも、受験のチャンスはたったの1回。(3年の実務経験が必要なため)
その合格率は37.9%と外国人には狭き門と言われています。


そこにある、リアルな現場で、実際に介護サービスを受けていらっしゃる方にしてみれば
日本語さえ通じて一定以上のサービスが受けられれば
その提供者が外国人か否かはほとんど問題にもならないことでしょう。
むしろ、高度サービス社会が確立した国に育つよりも
高度経済成長期前半か、それ以前の国情に育つ方が
「人に尽くす」ということに慣れていて
介護の現場ではいい成績を収めてしまうかもしれません。

しかし、この優秀さが仇となることもあるわけです。
厚労省がいうように「2025年、介護従事者は今より約60~100万人不足する」としても
きょう現在、自国民に優先して外国人に就業の場を与えるというわけにはいかないのでしょう。
だから、外国人労働者に高いハードルを設ける…
民主主義としてはそういう結論になるんだと思います。

でも、現場では「よくやってくれる人」が優先される
これも、ある意味、至極当然な、そして民主主義的な結論です。

「よくやってくれる人」が一人いれば「並」は「並」ではなく「手抜き」に見えるものです。
一方、外国からの労働者の方は、高いハードルを課されているわけですから
「よくやってくれる人」にならざるを得ない…
じゃあ、外国から労働者を閉め出せばよいのかというと
近い将来は明らかに困るわけです。

この矛盾をどうとらえていくんでしょう。とても難しい問題です。

過去に照らすと、結局は「現場の不足」が優先されて
競争は激化しても、労働者に進化が求められるというのがパターンなようです。
結局、政策的に保護をしても、現場の不満を抑えきれなくなるんでしょうね。

だからといって、なににつけ「よくやってくれる人」になるのはたいへんです。
どう頑張っても、そうできない人だっています。

そういう人たちをどうするのか…
僕らは、そういうことも含めて「あなたの未来がここにある」を
考えておかなければならないのだと思います。
by at-masaqui | 2013-05-26 15:10 | looking at
勉強しましょう
太田圭祐さんの著作
「南相馬 10日間の救命医療/津波・原発災害と闘った医師の記録」(時事通信社)を読んだとき
そのリアルな「現場」の描写もさることながら、
北関東から東北にかけてのかなり広い範囲に
僕らの病気に関しての専門医の方がいらっしゃらないという事実に
愕然としました。

大都市に住んでいる僕には、まったく想定外のことでした。
ヨコハマに住んでいる僕の比較対象は、いつも東京で
その先進性にうらやましく思うばかりでした。

でも「北関東から東北にかけて」が空白地帯なら
恐らく、日本国中「空白地帯」の方が、はるかに広大な面積なんでしょう。

僕らの病気は時間との勝負です。
脳出血の患者数は減ってきていますが、逆に脳梗塞は増えているのが現状です。
「ためしてガッテン」(NHK総合)がいうように
家族が早期に発病に気がつくことは重要なんでしょうが、
気がついたって、生活圏からt-PAの有効時間内に到着できる病院がなかったら…

僕らにできることもあれば、できないこともあるということだと思います。

ただ、どうすればいいか考えることはできます。
そのために勉強し、勉強したら具体的な要求すべきなんでしょう。

勉強するのは面倒ですが要望するだけじゃダメなんだろうと思っています。

たぶん、僕がお役人なら聞き流しますし、てきとうに誤摩化します。

だから、現状、こうなんだろうと思います。

民主主義なわけですから、この現状をつくっているのは僕らです。
僕らがバカなら、いつまでもバカにされ続けるというのが悲しい現実です。

10年間で約半数が再発したというデータ(ある地域のデータです)もある僕らの病気。
「わからない」「難しい」と放置せず、再発に備えるために最善を尽くすことも
リハビリと同じくらい重要なことだと思います。

仕方がないから、勉強しましょう。
辛くてもリハビリしなきゃ、手も脚も動かなくなってしまう…
それと同じことです。
by at-masaqui | 2013-05-25 15:49 | looking at
汎用化以前
NHK総合の「プロフェッショナル 仕事の流儀」
きのう(2013年5月13日)の放送では
「希望のリハビリ、ともに闘い抜く」という題名でリハビリ医・酒向正春さんがとりあげられていました。

自分もそうだったんでしょうが、車椅子に乗る患者さんたちが
みな首をうなだれていて、
入院中の病院の雰囲気をリアルに思い出しました。

それにしても、あんなに重度でも、あんなに回復するのかと
自分の経験や入院中に目撃したことなどを総合して、ちょっと驚きながら番組を観ていました。

攻めのリハビリは僕が入院していた病院にも共通で
僕も担ぎ込まれた次の日からリハビリを開始しましたが
異なっていたのは、お医者さんを中心に、
患者さんごとに(各分野の)専門家チームが結成され、情報が共有されていたことでした。
僕などは、理学療法士さんによる直立歩行のリハビリが始まる前に
初めて、二本の脚で立って移動させられたのは風呂場でした。

…とにかく、怖かった。

そういえば、番組に登場の理学療法士さん、作業療法士さんは
麻痺になりたての患者が
何をするんでも「怖い」ということを
よく理解されているご様子でした。

ありがたいことです。

たぶん、脳卒中のリハビリって、まだ卵の状態なんでしょう。
確立されたノウハウがあるようでない…
だから、医師によって、病院によって対応がぜんぜん違う。

そして、回復不可能と思われていた患者さんも
医師によって、病院によって
言葉や運動能力を取り戻すことができることもある…

でも、広範に汎用されるノウハウになっていないということは
不可能を可能にで来る人の人数は
自分で構想し、実例をつくっていくことがでくる
ごく少数の人に限られているということでしょう。

ただし、そろそろ汎用可能な段階に達しているのかもしれません。
酒向正春医師のもと
成功事例が連発しているんなら
きっとそういうことなんだろうとも思います。
by at-masaqui | 2013-05-14 02:59 | looking at
自己責任
退院してから、これまでに3人の担当医の方に(定期検診)な感じで診てもらってきました。

3人とも、問診と投薬で、脳出血の再発予防がテーマですから
①高血圧の抑制、②コレステロールを低下させる。③便秘の改善で薬が処方され
そして、3人目で④糖尿病の改善が加わりました。

「加わった」とはいっても、急激に血液検査の数値が悪化したわけではなく、
その状況を(投薬が必要な)糖尿病とみるかみないか、
お医者さんの方で見解が違ったという感じで投薬が始まりました。 

高血圧の抑制にはブロプレスが処方されていますが、その量も三者三様で、
朝に全部飲んじゃえという人もいれば、
朝と晩とに分けろという人もいました。
便秘の薬は、飲み方の指導が適切ではなく、全然効かねーやと思っていたら、
飲み方を変えただけで、笑っちゃうぐらい効くようになりました。
入院中も適切な指導はなく「出ない」というと下剤が追加されましたが、
これは常用するとあまりいいことがない薬でした。

でも、まあ、こんなもんだろうと思っています。

お医者さんだって、薬剤師さんだって
勉強熱心な方もいらっしゃれば、そうでない方もいらっしゃるのだろうし、
たぶん、そうでない方が圧倒的に多いのが世の常です。

長嶋監督が入院されていたような病院は違うんでしょうが
庶民が保健適応の範囲内でかかれるお医者さんはこんなもの。
最終的には自己責任なんだなーと思います。

今はインターネット検索という便利な道具もありますから
勉強あるのみなんだと思います。
by at-masaqui | 2013-02-28 04:11 | looking at