さらに「まだ」
まだ

ちょっと油断すると
ヨダレ、だら〜ん。ですね。

3年と半年以上たつんですが…
# by at-masaqui | 2013-10-18 23:37 | この病気
ま だ
今日、地下鉄の「つり革」につかまっていてそう思ったんですが
右手の感覚、半分ぐらいは戻ってきて
「握っている」実感も、ずいぶん濃くなってきたなーと思いました。

でも、面白いことに
ハサミだけは、まだぜんぜん不器用なんですね。
固いものは、まだなんとかなるんですが
やわらかいもの…ビニール袋なんかに切れ目を入れると
とたんに不器用なのです。

もう、ギザギザで前に進みません。

目で見る限りは、ちゃんと使えている感じ出し
手の力も抜けてると思うんですが

なぜか使えません。

不思議です。

たぶん、微妙な指先のコントロールが
まだなんでしょうね。

まぁ、つい最近まで、部屋の電灯スイッチも手探りじゃ無理だったわけですから
まだまだ精進ということでしょう。

逆にえば、よく、ここまで来たともいえますし…
# by at-masaqui | 2013-10-06 21:54 | りはびり
やっぱり「楽」になった
脳出血で倒れて、ひとつだけ、これはよかったなーと思うのは
死ぬことについての恐怖感がなくなってしまったことです。

倒れた直後は、うちの奥さんがどうなるんだろうとか
やりかけの仕事がどうなるんだろうとか思って
そういう意味で焦る気持ちもありましたが
それでも、恐怖感みたいなものはなかったと思います。

とにかく、脳出血でしたから「激痛」みたいなものがなく
むしろ、気持ちいいくらいの感覚があったくらいでしたから
ああ、死ぬのって痛くないんだと思ったのが
案外、大きいのかもしれません(冗談みたいな話しですが)。

再発率が高いのも、逆に、「これから」をはっきりさせてくれたように思いますし
「こんなことがいつまで続くんだ」ではなく
有限だと思うことで、とにかく我慢が効くようになりました。

僕が自覚している以上に、僕は「楽」になっているようで
久しぶりに会う人にこそ
びっくりされたりします。

自分のこだわりについても「どうでもいいや」と思うようになりましたしね。
僕の場合は
老い先短いと思えたことが
自分を「楽」にしてくれたようです。
# by at-masaqui | 2013-10-06 11:24 | 心と感覚
我 慢
コツコツやるということが、そんなに苦手だとは思っていませんでしたが
それでも、インスタントだったなーと
倒れて以来のリハビリでそう思うようになりました。
なにしろ、いわゆる「慢性期」に入ると
頑張るわりに、進化はホントに「薄皮一枚」です。

でも、ダメかと思っていると
ある日できるようになる…

ああ、続けていれば確かにできるようになるんだなーとは思うわけです。

つまりは、じれずに我慢というか…
自分の身体との我慢くらべなわけです。

でも、こういう我慢くらべは実生活や仕事に役立ちますね。

一瞬の我慢じゃありませんから
我慢とはいってもウンウンいって力んでいてもダメなわけです。
イライラと上手くつきあって
ガス抜きをして、また単調な練習を繰り返す…

仕事でもこれができれば千人力です。

何事も、成果っていうのは遠い道のりの向こうですからね。

ストレス貯めずに、我慢は効くようにする…ある意味、理想ですよね。

せっかく大病してのリハビリですから
少しは理想に近づけたらいいですね。

まぁ、がんばらないで、頑張りましょう。
# by at-masaqui | 2013-09-23 15:51 | りはびり
ボリューム
一時、金属に触れる度に、恐ろしい不快感に襲われるという時期がありました。
もちろん、麻痺しなかった「左」ではなく、「右腕」についてのみのことでした。
入院中からそうだったんですが
そういう症状がポピュラーなものではなく
どうしてなんだろうねというところで退院してきたという感じでした。

でも、まぁ、例えば階段の手摺など
仕方なく金属に触れているうちに徐々に、その症状は治まっていき
今はなんでもありません。

僕としては
感覚が戻ってくる過程で触感のボリューム調節が上手くいかず
心ならずも大音量でスピーカーを鳴らしてしまった感じに似ていたのかなーと
今は、そんなふうに思っています。

たぶん、今、ときどき右手が暴れるのも
この現象に似ているんだと思っています。

ボリューム調節が上手くいかない…

でも、練習を続けていればなんとかなる。
暴れなくなるだけでなく、元の感覚を もう少し取り戻しているんでしょう。

右手の触感「取り戻すぞ」キャンペーン
続けていこうと思います。
# by at-masaqui | 2013-09-21 04:27 | 心と感覚